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- 社長インタビュー
中嶋太郎と住まいづくりとの出会いは、
正に偶然の賜物だった。
学生時代も含め建築分野とは全く縁のなかった中嶋は、
当時勤務していた会社が住宅の営業部門を傘下にした際、
新天地を求めて立候補した。
現場に行く機会も多かった住宅営業という仕事で、
中嶋は家を建てるという仕事の面白さを知る。
「大工さんなどと話す機会が増えてくるにつれ、お客さまの意向を伝える際のやり取りに興味を覚えるようになりました。建築を勉強したこともない自分の話を聞いて、お客さまの要望をかなえる、という目的のために動いてくれる。
一つのモノをつくるために様々な人が集まる現場の空気が新鮮でした。現場監督になりたい、という思いが強くなりました。」
このあと中嶋は、未経験で現場監督候補を募集していた住宅会社に迷うことなく移った。
人生の大きな方針転換だったが「人と関わることが好き」という自分を信じたのである。
しかし、ここで中嶋の前に大きな疑問が立ちはだかる。
「住宅会社の成長に伴い部下を持つ立場になりましたが、部下が頑張る姿を見て環境を変えていきたいと思っても、大組織のなかでは決めるのは全て本社。
その会社の基本方針も、独立採算で支店ごとに住宅の質を競っていた当初から、大規模化と共に本社一括購入など規格化の道を歩むのです。
棟数が増えるにつれトラブルの数も増え、何のために住宅をつくっているのか分からなくなりました。
いい住まいを建て、そこに住んだお客さまが喜んでくれて『あの会社いいよ』という声が多くなり、口コミで伸びていくのが普通の経営だと思っていた自分とは反対の動きでした。
そこに、モチベーションは見つかりませんでした。」
「理想の経営」を実践すべく株式会社FESを設立したのが2002年だ。「いい住まい」をつくり、口コミで会社が大きくなっていくのが理想だった。一方で中嶋は、それまで発注していた業者が、大組織を出た自分に同じ単価で同じ仕事の質を保ってくれるかが不安だった。しかしそれは杞憂だった。
「ゼロからのスタートでしたが、皆さん同じように対応してくれました。
創業以来、当社は絶対に「下請け」とは言わず「協力業者」と呼んでいます。
そうして皆さんが訪れやすい環境をつくることで貴重な情報を共有し合い互いの仕事に活かすこともできます。
資本金300万から始めた当初、それでも総額6000万くらいの仕事するわけです。
支払い前の段階で、言ってみれば個人的な信用だけで『いいですよ、やりますよ』と言っていただいた会社が7社さまもあるわけですよ。
そうした『協力業者』の皆さんに報いるためにも『いい住まい』を追求し続けなければなりません。」
創業当時、中嶋は拡大路線に傾いたことがある。
しかし「継続と思いやり」という経営方針を貫くために、「多くの従業員が自分と思いを共有するのは、やはり難しい」という思いに達した。
「継続していくために最も大事なことは
『一人ひとりのお客さまを大事にする』
ということ。
人として生まれてきた以上、いい住まいづくりを通して
『この人間と知り合えてよかったな』
と喜びも共有できるのが一番素晴らしいことだという思いに達したんです。」
それでは、FESの目指す「いい住まい」の定義とは何なのだろうか。
「お客さまは、一人ひとり年収も、生活観も、子どもにかけるお金も違うわけですね。
したがって、お客さまの予算に見合った条件でどれだけパフォーマンスできるかが重要なんです。
こちらからの押し付けではなく、それが本当に必要かどうかを真正面から対話してご提案していく。
我々は「これがいい」「あれがいい」と押し付けて、お客さまからいただく金額を増やし利益にしていく方法は取りません。
あくまで向き合った個々のお客さまのご予算に応じた『いい住まい』をつくり上げることが大切なのです。」
中嶋は、現在の課題にFESのブランド向上を挙げる。
東京都八王子市元八王子町で、土地取得からコンセプト立案、全10棟の区割、さらに住宅デザインから販売までを担う新築住宅分譲地「はちおうじこまち」を手がけたのも、信頼ある会社としてステップアップしたい思いがあったからだ。
「当社が建てた10棟の街並に10家族が入って、
そこに新しいコミュニティが生まれる。
そのご家族が皆さん幸せに暮らされている、というのが
FESのブランドの信頼性にもつながると信じています。」
FESブランドを高めた先にある理想。中嶋の脳裏にはもちろん、明確にそれがイメージされている。
「『はちおうじこまち』のように自社で全て街づくり、住宅づくりまで手がけるのが究極のゴールであることは言うまでもありません。そのためには将来を見据えた計画的な会社経営も考える必要があります。例えば、目先の売上が仮になくなったとしても将来的にFESの周りで関わっていただいた方達を幸せにできるような歩みができたらいい。そのためにもFES単独でどれだけのお客さまに理想の住まいをご提供できるかが求められます。しかし、それを現実にしなければ、会社を設立した意味がないと考えています。」
中嶋は、そんな事業の未来を語る先に、笑顔を交えながらさらなる究極の理想を語った。
「10年後のFESは『FESで家を建てたい』というお客さまにお待ちいただく状況でありたい、と願っています。それは、責任を持って一棟一棟大切に家づくりをしていきたいからです。
『申し訳ありません、いま3ヵ月待ちなんですよ』なんて言えるようになれたらうれしいですね。もちろん、お待ちいただく間にじっくり設計プランを練りながら、スタッフが揃う段階に来たら着工に移る訳です。最早、それは仕事ではなく“趣味”と言えるかもしれませんね。」
しかし、そんな風に語る中嶋の目は真剣そのものだ。
「それはもちろん現在の思いの延長線にありますが、本当にそのような状況が訪れたら、時間的な制約すらなくなって、もっと素晴らしい家が建てられるのでは、と思うんですよ」。 「FESで建ててほしい、と言われるお客さまをお待たせしているから」が、住まいづくりの原動力になる。そんな近い将来への序奏が既に始まっている。